8日目

(610)

 05分、ホテルを出発。キラーニー近郊と、イベラ半島周遊(ケリー周遊路)の観光に向かう。説明: C:\Users\tonoguchi\home1\ileland\killarney.jpg
 直前まで雨が降っていたが、なんとか止んでくれたのはありがたい。

 度目の連泊だが、ほんの身の回りの品を持って出ればいいので、やはり気分的に楽である。

 まずは馬車に分乗し、豊かな自然の風景を楽しみつつ行くこと40分、キラーニー国立公園内の緑に囲まれたマクロス邸に到着する。

 ここマクロス邸は、周囲の風景に溶け込んだビクトリア朝の美しい邸宅である。

説明: C:\Users\tonoguchi\home1\ileland\m.house.jpg 1843年、イギリスの貴族が建造したが、ビクトリア女王の来臨に備え莫大な金を注ぎ込んだため、経済的困難に陥り、1899年にギネス家がこれを買い取り、更に1911年にはアメリカの大金持ちが娘の結婚祝に購入した由。

 その後1952年にアイルランド政府に寄贈され、現在は民族博物館として古い農機具や生活用具を展示している。

 また敷地内の農場の一角には当時の農村が再現されており、鍛冶屋や、鶏、豚を実際に飼っている家畜小屋まであった。


 マクロス邸内外を時間ほどかけて見学後、いつものバスにて出発、同じ国立公園内にあり、マクロス邸とは対岸のリーン湖畔に位置するロス城を訪ねる。説明: C:\Users\tonoguchi\home1\ileland\rosscastle.jpg

 右に見るように、いかにもヨーロッパの城らしい重厚な構えの城郭である。

 天気がよければ、写真がもっと映えたものとなったろうが、ご覧のように雲が多く、見栄えがいまいちだったのは残念であった。

 ここでは城の中には入れず、外観のみの観光で、20分ほどで引き上げる。

 

 


 さて、キラーニーの町に戻り、とあるホテルのレストランでの昼食後、イベラ半島の入り組んだ海洋線が美しいリング・オブ・ケリーの観光へと向かう。

 途中、19世紀前半のアイルランドの民家を再現しているボク・ビレッジに立ち寄り、見学。

説明: C:\Users\tonoguchi\home1\ileland\b.village.jpg

説明: C:\Users\tonoguchi\home1\ileland\insidehouse.jpg

 ボクとは泥炭の意味だそうで、鍛冶屋や馬具師の家など、それぞれの道具や調度品、ベッド、テーブルなど、当時の生活様式を窺わせるものが置かれていて、興味深いものがあった。

 

 

 

説明: C:\Users\tonoguchi\home1\ileland\sheep.jpgリング・オブ・ケリーとは、キラーニーの西方に位置するイベラ半島をぐるりと一周する約170kmの周遊路である。

 今回はこれを時計と反対回りに進んだが、行くほどに、険しい自然により形成された景勝は、気象の変化とともに行く先々で千変万化し、時おり羊の群れに道を遮られるなど、楽しいハプニングもあった。

 

 

説明: C:\Users\tonoguchi\home1\ileland\waterville.jpg

説明: C:\Users\tonoguchi\home1\ileland\chaplin.jpg

 右の写真は、半島の西端から、南に下ったところにある、ウォータービルという別荘地からの景観である。

 右の銅像、逆光のためシルエットになってしまっているが、その格好から誰だかお分かりだろうか。

 そう、あの有名なチャプリンなのだ。彼はとてもこの地が気に入り、別荘を持っていたそうである。



 

 下の写真枚は、いずれも風光明媚なところで下車してとったものであるが、天気がいずれも曇天または小雨の状態で、見映えがしないのはお許し願いたい。

 左の写真は、クームケスタ峠というところからの、中央は、モーリスギャップからの、右は貴婦人の眺めと称し、かつてビクトリア女王が絶景なりと折り紙をつけた場所といわれている。 「曇天に 想像で補う 絶景かな」

説明: C:\Users\tonoguchi\home1\ileland\m.gap.jpg

説明: C:\Users\tonoguchi\home1\ileland\c.pass.jpg

説明: C:\Users\tonoguchi\home1\ileland\lady'sview.jpg

 

 さて、キラーニーに戻る道すがら、林の中を抜けたが、ずっと石楠花の花木が続き、目を楽しませてくれた。

 写真がないのが残念である。 「石楠花に 目癒されし 林間道」

 この日はキラーニー市内の別のホテルで夕食をとり、宿泊ホテルに戻ったのは。ほぼ20時であった。

 

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