コレヒドール島の概況

 

コレヒドール島(Corregidor Island)

 フィリピン北部のルソン島西岸、マニラ湾入り口のバターン半島先端にうかぶ岩が多い島。オタマジャクシの形をした東西6kmの小島で、面積は5km2

 18984月のアメリカ・スペイン戦争後、12月のパリ条約によって統治権がスペインからアメリカへ譲渡され、軍事施設がもうけられた。第2次世界大戦中、日本軍の進攻に対してアメリカ軍とフィリピン軍の連合軍がこの島にたてこもり、はげしい抵抗をつづけた。アメリカ極東陸軍司令官マッカーサーの脱出後、米比軍の総指揮官ジョナサン・ウェーンライト中将以下1万人余りの米比軍が、19425月に日本軍によって占領されるまでの約1カ月間、コレヒドール要塞(ようさい)をまもった戦闘は名高い。

19453月、米軍奪還時には、島内で激しい戦闘が展開された。特に日本軍は玉砕状態で、約6000人の守備隊のうち、生存者はわずか20名前後という悲惨な結果となった。米・比連合軍も多数の死傷者を出し、爆撃により島内の草木・動物も「生物はひとつとして存在しなかった」といわれるほどの焦土と化した。

島はこの戦いにより解放され、47年に島はフィリピンに返還された。太平洋戦争記念館、戦没者墓地などがある。