6日目(2)

(1月17日)

 ルクソール西岸遺跡

 昼食後、バスと舟を乗り継いでルクソールの西岸に渡り、メムノンの巨像ハトシュプスト葬祭殿および王家の谷を観光する。

 この西岸地域は、古代においてはルクソール住民の墓所として利用されていたため、ネクロポリス(死者の町)と呼ばれているという。確かに荒涼としていて殺伐たる風景であった。

 左がメムノンの巨像と呼ばれる2体のアメンヘテプ3世である。
 かつてはここに神殿があったが、現在では失われてしまい、像だけが残っている由。

 台座だけでも2.3mもあり、その上の像は15.6mにも及ぶ文字通りの巨像である。

 石材の珪岩は、カイロの東方ゲベル・アル・アハマルという石切場から運ばれ、それぞれ720トンの1個の巨石から製作されたという。

 大変破損しているが、これはB.C27年の大地震によるものといわれているが、外民族の侵略によるという説もあるらしい。


 次に向かったのは、ハトシェプスト葬祭殿

 ハトシェプスト女王が、父トトメス1世とアメン神、そして自らに捧げるため、デイル・エル・バハリの絶壁を背後にした高台に造らせた神殿である。

 柱廊を備えた複雑な構造で、玄関の周囲には、女王の主な業績が刻まれている。

 1年後、まさにこの場所で、多数の日本人観光客が、テロに遭遇し、命を落とすという痛ましい事件があったが、このときはそんな近い将来にそんな大事件が起ころうなどとは知る由もなかった。(合掌)

 

 さて、次に向かったのは、王家の谷

 ここは、新王国時代の歴代のファラオの王慕が点在しているところで、右写真が王家の谷への入口である。

 墓はすべて岩窟墓であり、古代エジプト人は墓を「死者の家」と考え、そのため多くの副葬品や供物が捧げられていた由。

 下の左写真は、ラムセス9世の墓の内部で、墓自体はかなりの破損を蒙っていたが、壁画はこのように美しい姿を今に伝えている。

 中央は、有名なツタンカーメン王の墓の玄室で、奇跡的に盗掘を免れたため、黄金の棺がそのまま残っており、興味津々であった。

 右端は、トトメス3世の墓の内部で、王家の谷で最も美しい線描画の有名な墓であるとか。

 ここでは、以上の3墓のほか、ラムセス1世の墓を見学後、バス、舟を乗り継いで、夕方、東岸のホテルに戻った。

 

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