6日目

( 529)

エン・ボケック→アブダット→マクテシュ・ラモン→エイラット

 

5時起床。昨夜は寝際が暑くて冷房入れっぱなしで寝たためか、喉がガラガラする。今日は6日目、いよいよ本ツアーも後半に入ったことになる。

洗顔・整髪・髭剃りなど一通り朝の支度を済ませた後、5時49分、ご来光の写真を撮る。(昨日と同じなので写真は省略します)

出発に備え、パッキング作業の後、645分、朝食に降りる。一応オープンは7時なのだが、西説明: 説明: israel6-1ヨーロッパ諸国の場合と違い、イスラエルではその点アバウトなので、時間前に行っても入れてくれる。せっかちな自分にとっては好都合である。

イスラエルでは宗教上の理由から肉と乳製品は同時に摂らない決まりになっており、そのため、朝食のビュッフェには乳製品は並んでいるが、ハム・ソーセージといった欧米諸国では定番の食べ物は一切出ていない。そのため、朝食はなんとも味気ないものになってしまう。ちなみに卵はOKなのでいろいろな調理方法で出されている。

7時55分、チェックアウト。フロントに鍵を返し、バスに乗り込もうとしてハッと気が付いた。カメラが手元にないのだ! 慌ててフロントにとって返し、忘れ物があるからと言って鍵を返してもらい、部屋へと急ぐ。幸いにしてまだ掃除のメードは入ってきておらず、カメラはベツドの上にあった! もし、気が付かずにそのまま行ってしまったら、あるいはこの旅日記も書けなかったかもしれず、まことに危ういところであった。

 

8時04分、ホテルを出発。日本から皮膚の治療に来ている大阪の神父様が我々の安全を祈って見送りをしてくれた。やはり、ここの紫外線は皮膚に良いのだろうか。

説明: 説明: israel6-2バスは死海脇の道から進路を南にとり、程なく道は岩山の連なる広大なネゲヴ砂漠へと入っていく。時おり、乏しい草を食むラクダの群れも説明: 説明: israel6-3見られたりはするものの、ガリラヤ湖周辺の優しい感じのする自然とは対照的な風景がそこには広がっている。ある場所では白く、ある場所では赤い褐色、また別の場所では黒く、と色は変わっても、あるのはひたすらザラザラとした砂や、ごつごつとした岩の荒涼たる世界である。

説明: 説明: israel6-4途中、建国後に造られたという人工都市ディモーナの手前で、鉄条網を張り巡らした彼方に、白いドーム型の建物と2本の煙突状の円柱が見えたが、これは原子力研究所だという。やはりイスラエルは核兵器を持っているのだろうか?イスラエル政府としては、公式にはあるともないとも発表していないが----世界で唯一被爆体験のある日本国民の一人としては気になるところである。

更に砂漠の道を進むと、初代首相のベングリオンが政界引退後に過ごしたというキブツ(集団農場)、スデ・ボケルが見えてくる。ここの雄大な谷間を臨む丘の上には、ベングリオンとその夫人が眠っているとのこと。この辺りから先はイスラエル有数の鉱山が続く地帯とか。

アブダッド遺跡

930分、本日最初の観光スポット、アブダッド遺跡に到着する。ここは、砂漠の中の高台にあ説明: 説明: israel6-5る古代遺跡で、BC3世紀頃にネゲブに住み始めたナバティア人の建てた町とか。ヨルダンのペトラを首都としていたナバティア民族はAD2世紀頃に突然姿を消してしまうまでは、シルクロード沿いの隊商都市として大いに栄えていたという。

もともと北西アラビア出身で、現シリアのダマスカスからシナイ半島全域まで版図を広げたこともあるナバティア人は、唯一砂漠での生き方を知っていた民族といわれるが、この遺構は、後のローマ属州時代を経てビザンティン時代など数世紀にわたって建設されたものである由。

説明: 説明: israel6-6例によって、まずは麓のビジターセンターでビデオ鑑賞、模型による説明の後、再びバスに乗り、遺跡現場まで登り、下車し観光が始まった。

遺跡は、住居跡などにわずかにナバティア時代のものも見られるくらいで、ほとんどがローマ・ビザンティン時代のものである。そのためか、ナバティア時代の生活模様を示す影絵風の模型がそこかしこに置かれている。

メインストリート、アクロポリス(町の中心広場で、有事の際の避難場所)、ビザンティン教会跡、ワイン庫などなど。大きな半円アーチが青空に映え、また古代から続くシルクロードが眼下の荒涼とした砂漠を横切る景色は実に印象的であった。

以上、アブダッド遺跡のスライドショーはこちらでどうぞ

ラモン渓谷

アブダット遺跡を後に、再び草木も生えないといわれる荒涼としたネゲヴ砂漠を走ること約15分、世界でもここにしかないという珍しい地溝“マクテシュ・ラモン”を見下ろす西側展望説明: 説明: israel6-7地点に到着する。

ここは、約11千万年前(白亜紀)に地殻変動により陥没して出来上がったと考えられている渓谷で、深さ500mのそそり立つ壁が実に37kmにも及ぶ様はまさに圧巻である。

その形成過程は、大陸が分裂する時と同じような現象で、地殻が隆起して中心に引張応力が働いて引き伸ばされ、割れ目が出来上がる。そこに地球のマグマが湧き出してきて、その後冷えて固まり、更に雨水や風などの浸食を受け、巨大な地溝となったもの。

ちなみに、ネゲヴ砂漠には大小あわせて3つのマクテシュ(国際地理用語で唯一のヘブライ語)があるが、ここが最大のものらしい。

なお、この周辺は、沢山の鉱物資源に恵まれ、鉄・銅・マンガン・リン鉱石などの鉱山が近隣に点在しているとか。

 

バスはやがていろは坂を思わせるくねくねと曲がった坂を下って陥没地に入り、そこを横切る道を説明: 説明: israel6-8抜けて更に南下し、再び九十九折の道を登って陥没地を抜けると、左手にはヨルダンの山々が、右手には“ソロモンの柱”と呼ばれる銅山(右写真)が見えてく説明: 説明: israel6-9--------と、一瞬、陸に上がったペンギンを見たような------? 何とそれは野生のアイベツクス(岩カモシカ)が歩いていたのだった。

バスは紅海に面した町エイラットを目指し更に南に向かう。やがて左手には大きな椰子畑や最古の農業集団といわれるヨツバタ・キブツに続き、広大なハイバル動物園沿いを通ると、放し飼いされているダチョウやオリックスなどの姿が垣間見られた。

ヨルダン側にアカバ飛行場を臨む頃には、こちら側前方には目的地のエイラットの町が眼前に広がってきた。

 

1310分、エイラット北部のレストラン「EL GAUCHO」に着き、遅い昼食となる。さすがエイラットは世界に誇るリゾート・タウンだけあって、この店はユダヤ教の戒律に縛られないノン・コシェルの料理をサーブする西欧風のステーキレストランで、アルゼンチン直送の肉が味わえることから地元の人にも大変人気があるとか。

メインのステーキは、腹が空ききっていたせいもあり、とても満足のいくものであった。

説明: 説明: israel6-10

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説明: 説明: israel6-12

 

さて、食後はアカバ湾の海岸にある海中水族館に行き、珍しい海の生態類を鑑賞した。美しい熱帯魚や珊瑚礁、タツノオトシゴや巨大なエイ、海亀、鮫、ピラニアや恐ろしいアナコンダまでいた。

中でも圧巻は水中展望台で、螺旋階段を下りていくと、紅海の水深10mの姿が目の前に現れる。ここに熱帯魚や見たこともない色や形をしたサンゴがゴロゴロ転がっているさまは実に幻想的であった。

水族館での鑑賞対象については、ここをクリックされ、スライドショーにてご覧いただこう。

また、地上24mのタワーのてっぺんからはヨルダン・サウジアラビア、エジプトが一望でき、ここ説明: 説明: israel6-13が自国を含め4か国を見渡せる貴重な場所であることが改めて認識できた次第。(左写真で左側はヨルダン領、正面遠くに見えるのはサウジアラビア領である)

シナイ半島をはさんだ紅海全域には世界的に有名なダイビン説明: 説明: israel6-14グスポットが沢山あるとか。水族館を出た後、すぐ南側にあるエジプト国境まで行ってみたが、そこは崖下の非常に狭いところにあり、監視の目が厳しく、カメラを向けると注意された。右の写真は監視員の目から逃れ、何とかモノにした貴重な1枚である。

 

1602分、「CROWNE PLAZA EILAT」に到着。ラグーンを眼下に見下ろす位置にある、Holiday 説明: 説明: israel6-15Inn系列の高級ホテルで、割り当てられた部屋も7階で眺望が良く、部屋の広さや調度品なども申し分ないものであった。

まだ夕食時間までには間があるので、いったん荷物を部屋に置いた後、数人と50分ほど周辺を散策に出る。さすがイスラエル随一のリゾート地だけあって、マリーナの周辺にはリゾートホテルが立ち並説明: 説明: israel6-16び、フリーポートらしい賑わいを見せていた。

夕食は19時から始まったが、イスラエルのホテルの不文律とも言うべきビュッフェ方式で、昼間はステーキのやや重めの食事だったので、今回は野菜中心の左写真のような軽いもので済ませ、20時ころ部屋に引き上げた。

(本日の歩数 14614)

 

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