9日目

73日)

 

(クラコフ→チェンストホーヴァ→ワルシャワ)

 

朝食後、8時ちょうどに3日間滞在したクラコフのホテルを後にし、カトリック教徒の聖地チェンスト・ホーヴァへ向かいました。

途中、1回の休憩を挟み、2時間ほどで、チェンスト・ホーヴァのヤスナ・グラ僧院に到着、ガイドのロマン神父の現れるのを待って、内部の見学に入りました。

説明: jasnaヤスナ・グラとは、ヤスナ=明るい、グラ=()で、つまりは「明るい丘()」という意味です。

この僧院は、1382年にオポルチク公によって聖パウロ修道会のために建てられたそうで、18世紀初頭以来、毎年、815日の聖母被昇天の日には、ポーランド各地から巡礼者が大勢やってくるとのこと。更に年間では400万人にも及ぶとか。さしずめ、イタリアのバチカン、スペインのサンチャゴ・コンポステーラ、フランスのルルド、ポルトガルのファティマ並みということになりましょうか。

また今では、大学受験や高校の卒業試験を控えた若者たちも、やはり全国各地から合格祈願にやってくる由。こちらは日本の大宰府や湯島の天神様を彷彿させますね。

現在、僧侶の数は約100人。標高293m、3万kuの敷地に1520世紀の建物が立ち並び、高さ105mの鐘楼(右写真)50km先からでも見ることができるそうです。

僧院内には博物館があり、キリスト教関係の装飾品の数々や、ヨハネ・パウロ2世の肖像、ワレサ元大統領に贈られたノーベル平和賞のメダル、昔の武具などが展示されています。

説明: b

説明: prayers1

説明: prayers2

左端の写真が、1384年に寄進された、有名な聖母像「黒いマドンナ」です。

1655年に、スエーデン軍がポーランドを侵略した際、ワルシャワはおろかクラクフまでもが占領されてしまったにもかかわらず、ここチェンスト・ホーヴァの住民はヤスナ・グラ寺院に立て籠もり、最後までスエーデン軍に屈しなかったという歴史がありますが、これは僧院にある聖画「黒いマドンナ」がもたらした奇跡だとされ、それ以来、国難からの守り神としてポーランド国民の篤い信仰を集めている由。

なお、拡大していただくとわかりますが、マリアの右頬のところに2本の傷があります。伝説によれば、昔この地に侵入したモンゴル人が、このマリア像を運び出そうとしたところ、突然鉄のように重たくなってしまい、激怒したモンゴル人が刀で切りつけ、その際できた傷だといわれています。しかし実際は、1430年に僧院に押し入った盗賊が傷つけたものらしいとのこと。

隣の写真2枚は、いずれもこの「黒いマドンナ」に祈りを捧げている信者たちです。つくづく信仰の深さを感じさせられました。

 

さて、僧院見学を終え、付近のレストランで昼食後、一路、ワルシャワに向かって北上しました。

途中、ドライブインでの1回の休憩を挟み、3時間余の走行後、17時過ぎにポーランドに来て最初の晩に泊まったワルシャワのホテルに到着しました。

説明: m

この夜はこの後、ホテルから車で10分のところにある、ワジェンキ公園に行き、公園内のミスレヴィッキ宮殿(右写真)内の一室で、1時間ほどピアノコンサートを楽しみました。

演奏者は男性でしたが、なかなか力強くかつ流麗にショパンのピアノ曲を12曲演奏してくれ、とても聴き応えがありました。

夕食はホテルに帰ってからとなりましたので、すべてが終わったのは22時近くになり、やつと本日の日程を終了しました。

 

 

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