6日目

(4/10)

 

マニラ → コレヒドール島 → マニラ

 

445分起床。デイツアーの旅装を整えた後、545分、朝食に降りる。前回は朝食抜きで出発したので、このホテルでの朝食は初めて。さすが豪華ホテルだけあって、何でもありのビュッフェだった。

 

656分、ホテルを出発。出発予定時刻は7時であったが、このツアーは人数が少ないうえに、皆さん旅慣れた人ばかりで、決して時間に遅れることはなく、大概5分前には集まっている。いい傾向である。

さて、出発後ものの10分足らずで、マニラ港はサンクルーズ社の高速艇発着所に着いたが、途中、車窓から大勢の地元女性がエアロビクス体操に励んでいる姿が見られ、女性のスリムでありたいとの願望は、やはり世界共通の思いのようである。

 

今日は、他の観光客に交じってコレヒドール島へのデイツアーの日である。劇中劇と同じく、ツアー中ツアーといったところ。

まずは、コレヒドール島の概要について、こちらをクリックしてご覧頂きたい。

 

さて、添乗員のYさんから座席番号のついた緑色のワッペンを貰い、乗船場に向かう途中、帽子屋から「島は暑いよ」と声をかけられる。買う気はなかったが、試しに値段を聞くとなんとハット式帽子がたったの50ペソ(106)だという。あまりの安さについ買ってしまったのは言うまでもない。

725分、乗船する。ちなみにワッペンの色は、米国人は黄色、フィリッピン人はオレンジと決まっているそうである。

120人乗りの船内はほぼ満席で、指定の座席に座ったら、その隣りはなんと添乗員のYさん!お陰で、約70分の航行中、楽しく過ごせた次第。

802分出航。850分頃から、女性クルーのツアーガイダンスに引き続き、男性クルーがフィリッピンの歴史をエネルギッシュに分りやすい英語で語ってくれた。

 

915分、コレヒドール島フェリー発着場に到着。直ちに島内めぐりの日本人専用バスに乗り込む。

このバスは、戦前、島内を走っていた路面電車を模したもので、日本製だそうである。ややあって、80歳前後と思しき、小柄な老人が乗り込んできた。ガイドである。開口一番、そのたどたどしい日本語に驚いた。かつて日本軍の元で働いていたとか。もともと正式に習った日本語ではなく、必要に迫られ、聞きかじりで覚えたものなので、極めてバランスを欠いた日本語の上に、老人特有の舌の縺れが加わって、聞き辛いこと夥しい。それにこちらの関心や理解度に関係なく、自分のペースで喋るので、すっかり興醒めしてしまったのは私ばかりではあるまい。

後に聞いた話では、日本語ガイドはこの人だけで、後継者がいないとか。困ったものである。

 

それでも当時の砲台や、破壊された兵舎跡、記念碑などが到る所で見受けられ、当時の戦闘の激しさ、悲惨さが心に深く刻み込まれた次第である。

以下、下の任意の写真をクリックしていただくと、そこから、拡大写真が手動のスライドショーで見られるので、ご覧いただきたい。

なお、上の写真は、ほんの一部である。

しかし、日本平和庭園を除いては、いずれの戦跡もあくまで戦勝国である米軍 (一部比軍を含む)が、いかにこの過酷な戦いを経て、この島を奪還したかを訴えているものであり、マリンタ・トンネル内の光と音のショーでは一層その感が強い。

その点、日本人から見ると、やや複雑な思いに駆られるのを禁じえない。

 

昼食は途中、島の中央部、オタマジャクシの首の中央部にあたる丘上のコレヒドール・インのテラスでとった。ビュッフェ方式で、お世辞にも美味いとはいえない内容だったが、そこから見る景色は素晴らしく、かつてここで激烈な戦いがあったことなど思いもよらぬ、のどかそのものであった。

このデイツアーに参加した全員がここで昼食することになっているので、混雑するかと思ったが、それほどでなかったのは、主催者側で、各バスの到着時刻を調整していたためと思われる。

 

その他、主な観光スポットととして、レイテ海戦の途上撃沈された戦艦武蔵の乗組員の霊を祀る武蔵記念碑や、スペイン統治時代の灯台跡などがあるが、写真を撮りそこね、ここにご紹介できないのが残念である。

 

さて、コレヒドール島での観光を終え、待機していた同じ高速艇の同じ座席に座って帰路につく。

マニラ港到着は1440分であった。直ちに迎えのバスに乗り込み、出発したが、まだ時間も早く、皆の希望もあり、町なかのジプニーという民芸品店に立ち寄り、思い思いに買物を楽しんだ後、1650分、ホテルに帰着した。

 

ここで、私は日本出発前に日本語の教え子であるフィリッピン女性から、今度あるイベントで使うため、バンブー・ダンスのテープないしCDを買ってきてほしいと頼まれていたので、かねてより、ガイドのSさんに照会していたところ、夕食時間までまだ間があるので、これからもう一度町に出て探してあげましょうと、言ってくれたので、急ぎ荷物を置きに部屋に戻った後、Sさんのマイカーで出かけることとなった。

嬉しいことに添乗員のYさんも同行してくれ、市心にあるハリソン・プラザという大型のショッピング・モールに入り、いろいろな店をまわったがなかなかなく、やっと「Bamboo」というタイトルのCDが見つかったときは、正直ホッとした次第。

しかし、これには後日談あり。帰国後、これを頼まれた人に見せたところ、なんと、それはバンブー・ダンス用の曲ではなく、「Bamboo」というグループ名で、中身はポップスであった。

まさに早とちりもいいところで、笑い話のネタにされそうな、何とも恥ずかしい一幕であった。

 

一旦ホテルに戻り、入浴し、コレヒドール島でのメチャ暑で得た汗を流し、身支度を整えた後、1930分、再び専用バスで町なかへ夕食に向かう。

10分あまり走って着いたレストランは、エルミタ地区の中心にある「サンボアンガ」というフィリッピン料理の店。ここの呼び物は、フィリッピンの民族舞踊ショーが見られることとか。

中に入ると、既に多くの客が来ていて、ほぼ満席、特に韓国の観光客が多く、一瞬ここは韓国料理店かと錯覚したほどであった。

料理は、カニ、エビを初めとするシーフード料理で、特筆すべきほどのこともなく、またサービス精神の全くないボーイのマナーの悪さなど、いささか不快に思う面もあったが、ショーそのものは非常に親近感の持てるもので、最後にはわが添乗員のYさんも飛び入り参加し、大いに盛り上げてくれ、他の観光客からもやんやの拍手を浴びていた。さすがにYさん、学生時代にチアリーダーをしていただけあって、その物怖じしない演技力は大したものであった。

( 以下、ちょっと画質が悪くて申し訳ありませんが、任意の画像をクリックし、その舞踊ショーの模様をスライドショーでご覧ください )

 

ショー鑑賞後、2140分にホテルに帰着し、この日の日程を終えた。

 

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